雪上で過ごすため、カムフラージュが難しく、狩りに向かない?
カナダオオヤマネコ。通常、夏は赤茶色の毛皮で、冬はシルバーグレーになる。最近、真っ黒なメラニズムの個体が初めて確認された。(PHOTOGRAPH BY JOEL SARTORE, NATIONAL GEOGRAPHIC PHOTO ARK)
真っ黒なカナダオオヤマネコの存在が初めて研究者の間で認められた。2020年8月後半、カナダのユーコン準州ホワイトホースの郊外に暮らす女性が、自宅の庭をさまようこの奇妙な生き物を携帯電話のカメラで撮影した。 【動画】初めて記録された「黒い」カナダオオヤマネコ この動画は2022年10月、学術誌「Mammalia」に発表された論文の研究テーマとして公開された。論文によれば、動画のカナダオオヤマネコは、皮膚や体毛に黒いメラニン色素が過剰につくられる遺伝子変異であるメラニズムの個体だ。 メラニズムはネコ科に属する種の約3分の1で確認されているが、カナダオオヤマネコの前例はなかった。オオヤマネコの研究に従事する米フロリダ州魚類野生生物研究所の生物学者ダーシー・ドーラン・マイヤーズ氏によれば、同じオオヤマネコ属のボブキャットは、フロリダ州をはじめとする数カ所でメラニズムが記録されているという(ボブキャットは現存する4種のオオヤマネコで最も小さい)。 カナダオオヤマネコは通常、夏は赤茶色の毛皮で、秋から冬になるころ、シルバーグレーに変化する。この毛皮のおかげで、北方の森の冬景色に溶け込み、主な獲物であるカンジキウサギなどを捕まえることができる。 カナダのアルバータ大学の生態学者、スタン・ブタン氏によると、カナダオオヤマネコのメラニズムは不適応、つまり、役に立たないだろうと研究者たちは考えている。カナダオオヤマネコは狩りの大部分を雪上で行っており、メラニズムではカムフラージュが難しいためだ。 それにもかかわらず、Youtubeに投稿された動画を見る限り、メラニズムのカナダオオヤマネコは健康な成体のようだ。「体が黒いと、間違いなく、冬は不利なので、このカナダオオヤマネコはかなりうまくやっているのだと思います」とマイヤーズ氏は補足する。
カナダオオヤマネコにメラニズムを引き起こした遺伝子変異はまだ特定されていない。ほかの種には、メラニンの過剰生産を促すさまざまな遺伝メカニズムが存在することが分かっている。 ジャガーをはじめとする一部のネコ科動物では、メラニズムは決して珍しくない。ある研究によれば、こうした大型ネコ科動物の約10%がメラニズムで、森林に覆われた地域では、この割合が30%以上になることもあるという。マイヤーズ氏はメール取材に対し、「一般的には、淘汰されない環境で多くなると考えられています・・・実際、メラニズムのジャガーは今も薄暗いジャングルに溶け込んでいます」と説明している。 ヒョウをはじめ、メラニズムが多いネコ科動物はほかにもいくつかあり、ボブキャットのメラニズムも過去100年で20匹ほど確認されている。 マーベル・コミックのキャラクターの影響もあり、「ブラックパンサー」という言葉がよく使われるが、ブラックパンサーは黒い毛皮を持つ大型ネコ科動物の総称のようなものだ。ただし、パンサーと呼ばれることもあるピューマのメラニズムが目撃されたことはない。 気候変動で雪が少なくなり、生息地であるカナダの冬景色が今より暗くなれば、黒いカナダオオヤマネコが生き残る可能性も高まるかもしれないというのは興味深い見方だ。 しかし、メラニズムの個体がさらに現れない限り、「興味深い推測の域を出ない」とマイヤーズ氏は述べている。
文=DOUGLAS MAIN/訳=米井香織