伊集院さんいわく、愛犬の老いた姿を見ていると、家に来たばかりの仔犬の姿を思い出すそうで――(写真提供:講談社)
ペットを飼った人が、かならず直面しなければならない別れ。執筆のため、仙台の実家と東京の仕事場を行き来する多忙な日々を送っている作家・伊集院静さんを支えてくれたのは、天国へと旅立っていった愛犬、ノボ・アイス・ラルクの存在でした。著書では、愛犬たちとのかけがえのない時間や、ペットロスから立ち直るためのヒントを紡いでいます。その伊集院さん、「バカ犬」と呼んでいたノボに何度も救われていたそうで――。
【写真】ノボと東日本大震災の被災地を訪れた際に見た夕暮れ
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◆歳を取ったノボ 我が家のバカ犬、ノボの背骨の具合いがかなり悪くなった。 八月の初旬、十日程、仙台で仕事になり、その夜中じゅう、かたわらで休んでいるバカ犬の背中、左足をずっと揉んでやっていた。 初めは身体に触れただけで、目をいていたのだが、どうも善意でしてくれているとわかったのか、数日したら、私の指先が触れると眠っているのに左足を宙に浮かせるようになった。 その態度が、どこか横着で、私が手を伸ばすと、 「ほらよ。揉め」 というふうに見えた。 「おまえ、誰が揉んでやってると思っているの」 と以前なら言ったが、今回は言わない。 バカ犬も歳を取ったのである。 人間の年齢なら、80歳を越える。
◆耳が遠くなったアイス バカ犬の兄貴、アイスのほうはもっとだ。 こちらは二年前くらいから耳が遠くなって、背後から声をかけても、じっと庭先を見ているようなことが増えた。 最初はそれを見て笑っていた家人も、この頃心配そうに兄貴犬(アイス)を見つめている姿を見かける。 私も兄貴犬と一緒の時は老いた姿を見ていて、言いがたい感慨を抱く。 これはおそらくどの飼い主も同じ経験があると思う。 我が家に、飼い主の家に来たばかりの頃の、幼く、若く、何をしてもあいらしく映った仔犬の姿である。
一匹の犬(猫でもいいが)が家の中に入っただけで、これだけ家の中が明るくなり、話がはずむようになったことを、初めてペットを飼った人たちは一様に驚き、妙なことだが職場、学校にいる時でさえ、今頃、あいつはどうしているだろうかと、あの愛嬌のある、まるで自分の子供(兄弟でもいいが)のようなペットの姿を思い出すのである。